「無我」


私が、私が・・・ 私への執着が強いことを

我(が)が強いと言いますが





我(が)とは、自我のことで

自我には、実体がありません


「私」がいるという錯覚、それが自我です



始めから「私」はいません(笑)




私がいるという錯覚が消えると、自我も消えます



それが「無我」






自我は、
その錯覚が消えることを何よりも恐れます



「私」が、無くなるからです

(元々いないのですが・・・)(笑)




私が、がなくなると


私の、もなくなります


私が、いるという錯覚によって

私の、という所有感が生まれています



私の○○

私の○○・・・







人よりたくさんのものを得ることが

幸せだと勘違いしていきます



常に、沸き起こる欠乏感

この欠乏感を満たすために「私」という錯覚が生まれている



これが、自我の正体です




さらに困ったことに

自我は、思い通りにいかないことに苛立ちを覚えます







「なぜ、うまくいかない!」


「どうしていつもこうなんだ!」



それは、それが正しいからです(笑)



「しょうがない」 仕様が無いのです



それを、お釈迦さんは

「一切皆苦」と言っています

(人生思い通りにならないという意味です)





そもそも、自我にはコントロール権がない

(元々いないのだから、当たり前)(笑)



自我は、それをあると思い込んでいる



なので、上手くいかないと、

「何かが、おかしい」

「誰かが、悪い」  となります




そうしないと、自我にとっては

つじつまが合わないからです







本当は、私が悪いのでもなく

誰かが、悪いのでもない

元々、コントロール権がないだけなのです



そもそも、自分の体も、
自分で動かしているのではありません


心臓も

呼吸も

私が、コントロールしているのではない


コントロールしていないのに、生きています







全員が、そうです(笑)

私たち全員に、コントロール権がない

しよう(仕様)がないのです(笑)





もし、「私」がいるのなら

「私」には、すべてのコントロール権があるはずです


死ぬこともなければ、老いることもない

死への恐怖も無いはずです

(すべて自分でコントロールできるのだから)





なぜ、私にコントロール権がないのでしょうか

それは、

私が生きているのではなく、全体が生きているからです

それが、私たちの本当の正体



それが、生命(いのち)です








どうぞ、良い年末をお過ごしください

そして
来年も皆さま(すべての命)にとって、
良い年でありますように




Follow me!

前の記事

「無」と「空」

次の記事

量子もつれ