道徳と倫理、そして役割


道徳は、徳(とく)の道(みち)

倫理は、理(ことわり)の倫(みち)と書きます



どちらも、人としての「みち」を説いたもの

道徳と倫理の違いなど、あまり意識することはありませんが、


違いを見ていくと、結構おもしろい









道徳は、小学校で教わります

倫理は、倫理社会という科目で高校の授業で教わった記憶があります




最初に道徳

ある程度大きくなってから、学ぶのが倫理

この辺りからも、違いが見えてきます









道徳は、個人の心の在り方

「個人の徳」につながる生き方を示しているのに対して



倫理は、個人が社会を生きていく上で

人はどうあるべきかという「社会の行動規範」を示したもの



社会や組織から見て、好ましいかどうか、

その判断を求められるのが倫理です 




  

簡単にいうと、
「個人の良心」に従うことが道徳で


組織や社会を優先した
「客観的なルール(規範)」に従うことが倫理


というのが一般的です




時には、道徳的に正しくても、

倫理的には正しくないことや


その逆もあったり、又、重なるところもあります






例えば、自分の良心に従い、

組織の不正を世間に公表することは


道徳的には、正しいことですが、



組織として、それを公表すると、

機密保持などの倫理規範に違反することにもなるので、


倫理的には、好ましくない場合も出てきます








さらに、個人の良心に従った結果、制裁を受けたり


逆に、放置したことで、

社会や組織がおかしくなることだってあります




なので、一概に

道徳や倫理だけで、物事を判断するのは難しい




哲学者の池田晶子さんによると  

道徳と倫理の違いは、

「強制」と「自由」の違いだと捉えています








これは、実に単純明快で


「してはいけないから しない」が道徳

「したくないから しない」が倫理です(笑)




又、良いか、悪いかは別にして、

「罰せられるからしない」も、池田さんの解釈では道徳です









つまり、社会の決まりを守って「仕方なく」

あるいは「叱られない」ために行動しているのが道徳



自分自身の本心や魂に照らし合わせて「自ら望んで」

行動しているのが倫理というわけです




先ほどの例でいくと

不正はよくないことだと判断して、


自ら望んで、それを公表したのなら、

それは、池田晶子さんの言う倫理です







別の言い方をすると


~すべきが、道徳

~したいが、倫理




~すべきは「強制」であり

そこに、私は存在しない  



一方、倫理には、

~したいという「自由」があり、


それを判断する私がいる







道徳や倫理は

私という「自由意思」によって

常に、置き換わっていく


これが、哲学者、池田晶子さんの解釈です




なので、道徳や倫理は

常に、曖昧でわかりにくいのです(笑)









大事なのは

私たちは、個人としての自由を与えられながら



同時に一人一人に

大切な役割が与えられていることです








ワールドカップの代表選手のように、

国家を背負う役割を与えられることもあります




ものすごいプレッシャーと闘いながら

一人一人が、チームのために     

支えてくれるサポーターのために


そして、国家のために自分の役割を全うします







私たち一人一人の「役割」や「経験」は、

決して、自分のためだけではなく


必ず、誰かの役に立つために与えられています




誰かを「癒す」ために 


誰かを「支える」ために


誰かを「助ける」ために


誰かを「幸せにする」ために





そして、何かを「変える」ためです

それが、一人一人に与えられた本当の「役割」です



お互いが、お互いの「経験」によって支えられている

お互いが、お互いを必要としている


 

それが、道徳や倫理を超えた

私たちの本当の「存在理由」です






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