主(あるじ)は誰?

私たちはこの地球で生を受けて、この地球で一生を終える。


この世で生を受けたのは私。


なので、私が死ぬまで、主はずーとこの「私」です。

多くの人がそう思って生きています。


ですが、


主である「私」は自分の意思で心臓を動かすことも、
止めるもできない。

つまり、心臓を動かしているのは、「私」ではない。



では、本当の主は誰なのか?

これが本日のテーマです。


本当に主が私だったら、

私は完全に自由な存在です。


不幸など起きるはずはないし、
思い通りの人生を送れているはず。


でも、実際はそうではない。


なぜ?

主は「私」ではないからです。(笑)


私が「私」と主張しているのは、

私ではなく
思考感情で、本当の私ではない。

本当の私とは、肉体がなくなっても存在している
永遠に無くならない私です。

魂とか、ハイヤーセルフとか・・・

この世とは、
本当の私と


本当の私のように振る舞う
ニセモノの「私」がいて、

ニセモノの「私」が
ああだ、こうだと主張している


「思考」が思考している解釈の世界に過ぎません。

本物とニセモノ、

主が二人いるので

これを「二元」という言い方をします。



これに対して「非二元」というのがある。


これは、
始めから「私」という個人は存在していない。


と言っているのですが


厳密に言うと、
「私」という個人が完全になくなった状態のことです。


私が消える?


本当の私(魂)が、

「私」という個人を完全に認識し
魂から「私」をみている。


「私」という個人が完全に解放された状態です。


そこには「私」はいないので、
「私」の煩悩も消え失せる。



これをよく悟りといったりします。



低レベルな話ですが

お酒を飲んでいるときは、しばしの間、
自分を忘れることが出来る。(楽)


様々なストレスから解放されるので、
とても幸せで心地いいですね。


私が「私」から一瞬ですが、解放された状態です。


所詮、お酒の力、すぐに元に戻ります。(笑)



さらに、もうひとつワンネス(一元)というのがある。


これは、すべてがひとつです。



つまり、ワンネスとは、「主」(あるじ)がひとつ。


私と言う存在は宇宙と一つであり、

私=宇宙


私を動かしているものと

あなたを動かしているものは同一。


まとめると、

「一元」(ワンネス)とは、私は生かされている。

「非二元」とは、ただ生がある。

「二元」とは、私が生きている。


どれが正解か、

どれも正解です。(笑)


なぜなら、私たちはこの3つを同時に生きているからです。

ただ、これから私たちは、個人という「私」を解放し、
「本当の私」に目覚めるときが来ています。



目覚めの選択は自由ですが、
よかったら、ご一緒しませんか?



今日も、そして今も、この瞬間も
皆さまの選択が、すべての喜びにつながりますように

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